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町田樹『白夜行』

町田樹

町田くんの白夜行について。

まずは、宣言。

小説読みましたし、ドラマも映画も観ましたが、
私にとっての 桐原亮司 は 町田くんの 亮司 のみです!

動画お借りしました。

www.youtube.com

原作を読んだのは、町田くんの「白夜行」を見た後です。
過去に何冊か読んだ東野圭吾の小説は、あまり私の趣味と
合わなかったので、『白夜行』も読まずじまいだったのですが、
町田くんの演技があまりに好きすぎて…。

彼に自ら振付けさせ、衣装も赤い左手もプロデュースさせるまでに
インパクトを与えた原作を読まないわけにはいかないなぁ、と。

そして、原作を読み終わったあとは、 ドラマも映画も観ました。
(ドラマ:山田孝之・綾瀬はるか、映画:高良健吾・堀北真希〈敬称略〉)

がんばりました! 笑

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白夜行

『白夜行 』小説、ドラマ、映画 感想

物語の舞台である時代設定が暗示的。

1973年の殺人事件から始まり、1992年のXmasでラストを迎える。
雪穂と亮司、小学生の二人の成長に日本の現代史が重なる。
高度経済成長期の終わり ~ バブル崩壊 まで。

なので、この本の主題は、実は日本の現代史なのかな、と思った。
二人がただただ(罪の意識なく)罪を重ねていく描写にその折々の
日本の出来事も挿入される。

そして、主人公ふたりの造形。
雪穂と亮司は、自分の(雪穂にとっての亮司、亮司にとっての雪穂は
自らと同一の存在だから、二人であっても表記は「自分」)
利益以外は関心がない。
雪穂と亮司は、自らの罪の全てを周囲のせいにして恥じない。
二人の犯罪に正当性はちっとも感じないし、感情移入も無理。

自分の利益になることだけにしか関心がないくせに、生きている喜びも幸せも
自分の中から湧き出てくるものではなく、他者の評価が基準となっている。
皮肉な矛盾だが、その矛盾の虚しさにさえ気づいていない。
ひたすらに 外から見た成功、幸福、勝利を希求した結果のカタルシスなき終焉。

これは正しく、作者が考える現代の日本人の(日本の)姿の醜悪な面を
凝集した主人公たち。

ドラマは2人の純粋な愛に焦点を当て、雪穂も亮司も(ドラマらしい)
人間味がある。
共感できない主人公たちでは連ドラは成り立たない。

映画は原作に忠実だけど、時間的な制約があって、
「高度成長期後の日本という国」
を象徴している2人の無機質さも異様さも表層的にしか描けず、消化不良。
(堀北真希の雪穂は、素晴らしかった!)

町田くんの白夜行は、ドラマの亮司像を下敷きに置いているのだろうと思うが、
彼の亮司にはともすれば安く分かりやすい情緒になりがちな甘さはなく、
もちろん、心が荒むような醜悪さは皆無。

聖夜に大事な人を想い、何の見返りも求めずに自分を捧げる、
控えめな、それでいて至高である存在の美しさ。それだけ。

ひとりで滑るから雪穂の存在が彼を通してしか分からず、
ひとりで完結するそのことが逆に亮司の持つ無機質さを
硬質なダイヤモンドにまで高めている 。

だから、やっぱり 私にとっての 桐原亮司 は 町田くんの亮司

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8月27日発売「ダンスマガジン」町田樹×熊川哲也 楽しみですね。