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雑誌や録画ディスクやなんやかや

フィギュアスケート

コラントッテCM見ました!

やっと見ることが出来ました~。
宇野くんのコラントッテCM。

6月22日の『踊る!さんま御殿』に紀平梨花ちゃんがお姉さんと出演。
「フィギュア」単語での自動録画です。
レコーダーがちゃんと仕事しました。笑 

しかも、「肩、コラントッテな~」と「僕には目標だけ」の2本立て。
普段は見ない番組なので、紀平姉妹が出演しなければ気づかなかった。
ありがとう、梨花ちゃん。(*’▽’)
ありがとう、レコーダー。笑

このCMもディスクに焼くぞー。
で、今回の記事。

前回記事 宇野昌磨表紙Update(一部、裏表紙。) で
フィギュアスケート雑誌を引っぱり出し、
おいおいおいおい。どーするこの冊数?
と、ためいき。しかし、見ないふり。
とりあえず、まだ、入るし。

フィギュアスケート関連の録画ディスクも。
どんどんどんどん増えていく~。増殖。

みなさんはそんな増殖、どうなさっていますか?
そんな増殖を見ると思い出すことが。

挟まれた写真

わたしはよく、ネットで古本を購入します。
利用するネット書店は、
購入金額1500円以上で送料無料。
なので、欲しい本を見つけても
「あと何百円か足りないな」という時には
昔のフィギュアスケート雑誌を追加したりします。

以前、そんな感じで購入した雑誌に
ごくごく私的な写真が挟まっていたことがありました。

海外男子スケーター(その頃の上位選手)と、たぶん
その雑誌の持ち主だったであろうご本人とのツーショット写真。
他に女子スケーターを遠くから写した写真もありました。
大きく引き伸ばして何枚か。
ワールドかGPシリーズか、とにかく海外遠征時の写真です。

なんか、切なくなりました。

ツーショットの笑顔がうれしそーで。
そりゃそうですよね。
応援に海外遠征までして、きっと一緒に写真撮ってと、お願いして。
そのスケーターの熱心なファンだったに違いありません。

だからこそ、
そんな写真を挟めたままの雑誌が
古本屋に流通してしまった経緯を考えずにはいられない。

挟んだ写真を見つけられないまま、自分で断捨離したのかな?とか。
挟んだ写真の存在なんか知らない家の人が、勝手に処分したのかな?とか。

写真はしばらくそのまま雑誌のページに挟めていたのですが、
もちろん返すあてなし。
結局、個人情報を扱うスタンスで細かく切って処分しました。
ごめんね~。(>_<)
自分の写真を処分する時には感じることのない罪悪感を感じました。
しかし、他人のわたしが持っているわけにも…。

本棚にどしどしとフィギュアスケート関係の
雑誌やディスクケース等々が増殖してくると、
そろそろ整理しなきゃなぁと思うと同時に、
挟まれた写真の彼女の笑顔と
その写真を切った時に感じた罪悪感を思い出すんですわ。

なんででしょうかねー。
普通の、たとえば小説なんかは、何度も読んだ好きな本であっても、
処分することにここまでの躊躇いは感じない。

フィギュア関係のものは、なんでかな。
雑誌なんて、掲載写真を見るだけで、
そのプログラム、その試合、そのシーズン、
自分がどんな思いでその瞬間を見ていたかがよみがえる。
雑誌がその瞬間の記憶を手繰りよせる縁としての装置になるというか。
感情が深くしみ込んでいるというか。
単なるモノではなくなるというか…。

写真を切った罪悪感は、写真の彼女の
そんなスケオタ感情も一緒に切ってしまった
っていう悲しさかなぁ。

いちスケオタの妄想ですね。(-_-;)
こんなふうにぐだぐだ考えるだけで、整理はいっさいできず、
雑誌や録画ディスクやなんやかやは、容赦なく増えていく~。

どしどし。ぎゅうぎゅう。ミルフィーユの重なり。

文章、ぐだぐだ。
こんなワケの分からない想いに
共感してくださる方、いらっしゃいますか?(^-^;